インドからのラブコール

インドからのラブコール

インド。まさかこんなに早くその地へ旅立つとは思ってもいなかった。

インド。私にとって何だかとても大きな存在で……。いろいろな国を旅して最後の〆的な国だった。だから行こうと決めた時、私の心臓のドキドキは止まらなかった。

旅人はよく「その国に呼ばれたから行くのだ。」と語る。果たして私はインドから呼ばれているのだろうか? どうなのか? ねぇ、私は本当にインドに行くの? 何なんだ、この不安感みたいなモヤモヤは。「じゃあ行くな!」呆れた顔をした友人が言う。そうじゃないんだ。行きたいし、興味はあるんだ。だがモヤモヤは当日まで続いた。

インド。とうとうやって来た。モワッとした生温かい空気が私の身体を包む。今からこの空気と過ごすのだ。初めての地。だんだん心が弾んできた。

インドからのラブコール

インド。ガンジス川。到り着くまでの人の波。皆同じ方向を目指し足を進める。その人々の中に混じり、私もドロッとした道を歩く。早朝まだ仄かな暗がり。頭と頭の間から、だんだんと見えてくる水面。「あっ」と思わず声が出た途端、気持ちが踊り始めた気がした。視界に入った水面はどんどん大きく広がり、吸い込まれるように私の足は速度をあげる。濁った大きなガンジス川がとうとう私の足元でチャプチャプと音を立てていた。

中学生の頃、社会科の教科書に載っていた世界地図の写真。そこに自分の写真を貼り付け、合成写真を作るのが流行っていた。ニセ世界旅行。その中のひとつに、この光景と自分がいた。その頃のまだ見ぬ地へ憧れている少女へ教えてあげたい。

「キミはその地に立つんだよ。」

川岸では、本当に多くの人々が水の中へと入っている。皆、表情が朗らかだ。まだ産まれて間もないと思われる赤ちゃんを抱えたお母さんは、頭の先端までどっぷり浸かる。水面から出てきた赤ちゃんは泣いていない。包み込まれている大きな母の手と、川の温もりに身を委ねたのだろうか。仲良しグループの女のコ集団。サリーに身を包んだ彼女らもまた、キャッキャッとはしゃいでいる。「ねぇ誰が一番長く潜れる?」「やばい! 水飲んじゃったよ。」そんな会話なのか、大爆笑している。思わず「仲間に入れて♪」と駆け寄って行きたくなるような光景。オレンジ色の布を身に纏ったサドゥー。痩せた身体を水の流れに任せ、ゆったりと浮いている。水を飲む者。洗濯する者。果てしない向こうまでがむしゃらに泳いでいく者。皆自由に振舞い、ガンジス川での時間を過ごしていた。

生と死も、生活も何もかも呑み込んだガンジス川。この地へ足を運ぶ彼らは何を感じとっているのだろうか? 私は目に映る全ての情景に終始くぎ付けだった。

インドからのラブコール

一人のサドゥーが川辺の石段で大きな声で私達に向かって唄っている。大きく手を振りかざし、何かを訴えているようだ。「見るな。」と隣の男は言う。何故? そのサドゥーは私達観光客に対して心無い歌を唄っているという。そうであろう。彼らにとってこの場所は聖なる地。そこを土足で踏み込んでしまった私達は歓迎されないのであろう。ちょっと複雑な気持ちになり、張り切ってサリーを身に着けた私は、少々恥ずかしくなってきた。

水面から煌煌と太陽が顔を出してくる。どんどん上へ上へを昇ってくる。緋色の明かりは徐々に赤みを増す。その姿はとうとう全身を現し、更に上を目指している。でかい。いつも見慣れている筈の太陽が、とても大きく私達を照らす。見知らぬ土地で仰ぐ太陽だからだろうか。壮大だ。

朝日を浴びた川は、生命を持つように灰色の水をキラキラと輝き放っていた。

きれいだった。

インド。そこは見るモノ全てに刺激を与えてくれた。人の姿は力強さを感じた。大男に混じって働く女性や子どもたち。大声を張り上げて商売する人々。汗をにじませてあちこち走り回るリキシャーを動かす人々。難しそうな顔の男と目が合う。ニッと白い歯を出し笑いかけてくれるその表情に嬉しさを覚えた。

インドからのラブコール

出発前のあのドキドキした気持ちは一体何だったのだろうか。

ワクワクとドキドキは紙一重。不安感のドキドキではなく、何かが待っているという新しい地へのワクワク感だったのかもしれない。またその気持ちと一緒にインドへ行くのかなぁ。その時はきっと、インドから私へ、ラブコールが送られてくるのかなぁ。

旅ができるこの五体満足な体に感謝しつつ、ちょっぴり調子の悪いお腹を押さえ、家路に着いた。

  • インドからのラブコール
  • チャイハネ 町田店 店長 安池綾子
  • シルクロード舞踏館105号 2006.06.01掲載