薄地のインド綿、白地に白の刺繍、ほら、よくクルタやパンジャビスーツの胸元や襟回りに透き通るような刺繍を見かけますよね? インドの伝統服だけでなく、エスニックファッションを支える手法として愛され続けているチカン刺繍です。その産地が北インドの“ラクノー”である事からラクノー刺繍とも呼ばれます。幾つもの繊細な刺繍テクニックと伝統モチーフが作り出す世界には、手刺繍のやわらかさの中に作り手の体温が感じられます。
大木の緑と古い街並みが美しい古都ラクノーには何度か足を運びました。メーカーさんで刺繍をしているわけではないんですね。メーカーからイスラム教徒の女性たちに依頼してそれぞれが自宅で刺繍、出来上がったらメーカーに持ち込み、賃金が支払われるという流れです。
何軒かのお宅にお邪魔して貴重な刺繍シーンを見せてもらいました。民芸旅人にとってはとても素敵なシーンなのですが、“より良いものをお客様にタイムリーに”の任務を背負っている者として生産コントロールの限界も感じました。そう、ラクノー刺繍の商品は、いつも品質がバラバラなのです。刺繍の力加減がタイトな人、ルーズな人がいます、間違った刺繍をしても気づかず何枚も同じ間違いのままであったり、違う素材の刺繍糸を使われ、その糸だけ染まらなかったりという事もありました。それが作り手の個性として許容できる範囲を超えることもしばしばだったのです。メーカーさんも、“手刺繍だからしょうがないでしょ”の一点張りでした。
あれから数年、何回もトライ&エラーを繰り返し、良い出会いにも恵まれて品質が飛躍的に向上しました。もちろん同じ街で手刺繍で作っていますよ。ただ、少しだけ環境を変えてみました。隣近所で十人くらいのチームを作り輪になって仕事をします。必ずそこには一人、指導者として刺繍エキスパートをメーカーから送ります。折角作ったのに間違っていたから怒られるなんてこともなくなりました。間違えたらその時に直され、いい仕事をすると評価されます。作り手も安心、メーカーさんも安心、私たちも安心。民芸ファンにラクノー刺繍は欠かせない一品ですね。
実際にいくつかの代表的な刺繍テクニックの写真を用意しました。