バティック

長い年月を経て、たくさんの民族の文化、歴史を映し出すバティック。高度なろうけつ染めの技術を誇る、インドネシアの代表的な染色工芸の1つです。

「バティック」はインドネシア語で「ろうけつ染め」を意味しており、ろうを防染剤として用いることによって模様を描いていく染色方法です。日本ではジャワ更紗とも呼ばれています。

ろうを使用する染色工芸はインドネシアだけでなくタイやベトナム、ラオスなどの東南アジアの国々、インド、そして日本でも古くから存在しています。けれども、一般的にはインドネシアバティックの布のことを「バティック」と呼んでいることが多いでしょう。それだけインドネシアのバティックの高度な技術、美しい色彩、多種多様なデザインには目を見張るものがあります。

インドネシアでは気候的に染色製品の長い保存が難しい為に、バティックの存在が確認されるのは18世紀以降となってしまっています。さいわい、ジャワ島と中心として古くから海外との交流があった為、中国の文献資料からすれば遅くとも3世紀には木綿布が織られなんらかの模様染めが行われていたことがうかがわれます。

バティックはジャワ島のほぼ全域とその周辺の島で作られてきました。しかしバテッィクは他のインドネシア伝統工芸とは異なり、原住民族だけの手によって作られていたものではありません。

中国、インド、近隣諸国からの文化の影響。アラブ、ヨーロッパから移住してきた外国人。オランダの植民地時代、第2時世界大戦中の日本軍政下の時代にもそれぞれの国が関与したバテッィクが作られていました。この多国籍性は他の伝統染織の中ではほとんど例のない、バティックの大きな特徴の1つです。

本来バティックは腰巻(kain panjang)や腰衣(sarung)、肩掛け(Selendang)などとして着用されてきましたが、現在では洋服用の生地として多用されるようになり、綿だけでなくシルク、化繊の生地など多岐にわたります。

古くは植物染料が多く使用され渋く味のある色彩のものがほとんどでしたが、現在は合成染料が普及し鮮やかな色調のものもたくさんあります。

1万3千以上の島々と3千以上の民族が異なる言語や文化を持ち、その中で共存するインドネシアの人々。ジャワ島を中心として幾層にも積み重なってきた様々な異文化の影響を受け止めて、美しいバティックは生まれてきたのです。

写真と解説

バティック
手描きによるバティックはとても高価なものです。白く抜けている部分がろうで描いている部分です。(チャイハネ ネネ 約10年前に仕入れたもの)
バティック
合成染料が普及する前までは、青、赤、茶褐色が主な色彩でした。これは比較的新しいものですが、伝統的な色使いで染められています。(チャイハネ ネネ 約10年前に仕入れたもの)
バティック
バティックには空想動物が描かれたものがあります。イスラム教、ヒンドゥー教、仏教などの影響を受け、合体した多国籍文化の象徴ともいえるでしょう。(チャイハネ ネネ 約10年前に仕入れたもの)
バティック
パッチワークされたような模様はタンバル模様と言われ、古典的な模様のひとつです。インドからのなんらかの影響を受けて生まれたのではないかと言われています。(チャイハネ ネネ 約10年前に仕入れたもの)
  • 衣料企画
  • 奥原
ジャワ更紗―その多様な伝統の世界―
国立民族博物館 編
衣装の工芸
市田 ひろみ 編